19970403 of Yasushi's Life


タイピングとPC (April 3, 1997)

dp_photo_07.jpg私の勤めている会社でも最近はEUC (End User Computing)が花盛りである。ロータスノーツを利用した分散システムが徐々にではあるが構築されつつある。一応私のいるフロア全体はLAN接続が完了し、一人一台PCが導入されはやりのグループウェアのロータスノーツまで稼働中である。

PCネットワーキングに関して日本はアメリカを完全に後追いしているので、今の勢いでいけばそう遠くない将来に私の勤め先でも社員全員がPCを持ち、WANで接続される時代が来るだろう。

まあハードは買えば設置できるわけなので、問題はどれだけ分散システムが利用されるのかにかかっている。グループウェアの本などを眺めてみると「業務プロセスのリエンジニアリングを実施して、グループウェアが十分に機能を発揮できる新しいプロセスの構築が必要である」云々と書かれている。お説ごもっともである。PCネット上のプロセスと既存のプロセスが並列してしまった日には当初目的の生産性の向上などはどこかへ消えてなくなってしまうこと間違いなしだ。むしろ生産性悪化の原因になるだろう。

しかしだ、こういった能書きはある意味で事実なのだが、極めて大きなそしてあまりに当たり前の問題がいつも見過ごされていると思っている。それは「タイピング」能力である。この問題の解決に真剣に取り組まないかぎりはグループウェアによる生産性向上は必ず大きな壁にぶちあたるだろう。

多くの方からの非難を浴びせられることを承知で書くが「鉛筆で書く速度と同等の速度でタイピングできない奴はパソコンなんかを使うのは直ちにやめて、鉛筆で仕事をしろ。」これが私の主張である。

鉛筆やボールペンで書けば15分で完成する書類をのろのろ一本指でタイプして1時間かけて作って満足している奴やら、鉛筆で丁寧に下書きをした書類をクラークに渡して清書させているオヤジがあたなのオフィスにも山の様にいるはずだ。こういうアホみたいな時間の無駄遣いをなくす方が、グループウェア導入による生産性の向上よりもよっぽど生産性の向上という観点からは意味がある。

もっと極論を言えば、会社でPCを導入する際にはタイピングとインストールされているソフト利用の技能試験を導入し、一定以上の成績を挙げられない奴にはPCを支給しないぐらいの抜本的対応が必要だ。PCがタッチタイピングで使えない奴は企業社会の中で人間扱いする必要はない。

「使わなければうまくなるわけがないじゃないか」という反論の声が聞こえてくるかもしれないが、そんな反論は時代錯誤も甚だしい。会社に入社してきて「鉛筆の使い方がわからないのですが、鉛筆を支給してもらえれば練習します。」と言った奴がいたらどうなるだろう。多分その日にクビだろう。この例え話しの「鉛筆」を「PC」に置き換える時代がもう来ているのだ。あるいは、置き換えられない企業は競争に破れ去るのだと言ったほうが適切かも知れない。

タッチタイピングなんて1日1時間の練習を半月もすれば完全にマスターできる簡単なことだ。一旦身に付いたら死ぬまで忘れない事を考えれば、自動車免許を取るよりもこの先有望な技能と言えよう。更に自動車免許は何十万円もかかるが、タイピングは数千円のタイプ学習ソフトだけで身に付くのだから、コストパフォーマンスも最高だ。

半年もしないうちにバージョンアップを繰りかえす国民的ワープロソフト教室で一本指タイプで授業を受けている人は、すぐさま金をどぶに捨てるようなことはお止めなさい。その足でタイプ教室に駆け込むのだ。

文部省にも言いたい。義務教育にタッチタイピングを導入しろ!小学校低学年の必須科目にタイピングを導入するのだ。さもなくば日本企業は国際競争力はますます弱っていくぞ。

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