ヘール・ポップ彗星 (April 6, 1997)
仕事の出張でハワイに来ている。
うらやましいなぁとたびたび言われるが、リゾート地での仕事は精神的によくない。だいたいいつもハワイに向かうフライトでは新婚カップルに囲まれながら、一人でラップトップに向かうことになる。今もマウイ島のカアナパリにあるリゾートホテルの一室のキングサイズベッドの上で一人さびしくリブレットに向かっているわけである。こういう事が年4回合計で1ヶ月もあると黄昏ないわけはない。
まあ、それはそれで仕事なのでしょうがない。今日の本題はリゾート地への出張の愚痴ではないのだ。
今話題のヘール・ボップ彗星の話である。日本各地では都市の明かりを消して彗星を見れるようにしましょうといった運動があったにもかかわらず、どうも彗星がうまく見えない状態が続いているようだ。私もどうせ見えるわけはないと思っていたので取りたてて興味を持っていたわけではなかった。
ところが、今日ホテルでの夕食を済ませた後にふらっと海岸を散歩して夜空を眺めていた。「あれがオリオン、北斗七星、となると北極星はあっちか」などと思いながら満天の空一杯の星を見ていると、北西の空にやけに明るい星が見え、その星はちょうど箒のようにうすぼんやりと明るい帯を後ろに連ねていることに気が付いた。すると「おお見えるぞ、すごいなぁあ肉眼でここまで見えるかぁ!」と一緒に散歩に来ていた会社の上司の声がひびく。
実は話を聞いてみると、上司は反射望遠鏡のレンズを自分で磨くような天体ファンであったのだ。「あれは絶対ヘールボップだな。うーん今回の出張の最大の収穫だ。双眼鏡を持ってくればよかったなぁ。」と興奮気味だ。日本でも相当地平線近くにしか見えないヘールボップなので、南に下がったハワイでは見れないだろうと思って双眼鏡はあきらめていたのだが、実際には海ばかりで遮るものがないハワイの海岸では全く問題無く彗星が眺めることができたのである。
思いがけない天体ショーを見ながら、以前に私が住んでいたニューヨークの片田舎にあるイサカという街のことを思い出していた。人口3万人のあの街もやっぱり空がとてもきれいで、いつも数え切れないほどの星が夜空を飾っていた。特に大都会のマンハッタンに出かけた後、イサカの空港から自分のアパートに帰り着いて車を降りた瞬間に見上げる夜空の星たちは、なんだかとっても自分をほっとさせてくれた。
人は太古の昔から自分達に手が届かない星を眺めて、いつかそこに届こうと願い文明を発展させてきた。そしてその結果として人は空を失ってしまった。なんて皮肉な話しなのだろう。智恵子の狂気が生んだ幻覚を事実にしてしまった現代の大都会。人の進歩が到達した皮肉な存在。その存在自体が狂気なのかもしれない。
満天に星がきらめく空が東京に戻ってくる日は来るのだろうか。