さくら (March 31, 1997)
さくらが満開だ。東京で3月中に満開の桜を楽しめるのは久しぶりらしい。
仕事で出先へ向かう途中タクシーの運転手さんが面白い話しをしてくれた「桜はもともと陰気な木なんですよ。だからその下で陽気に宴会をやるのが似合うんです。柳なんかは陽気な木なんですよ。だから柳の下は陰気な幽霊がでるんですね。やっぱりものには陰と陽があるんです。」
そんな話しを聞き流しながら車の窓越しに桜の花が咲き乱れる千鳥ケ淵やイギリス大使館を眺める。すこし霞んだ空気に桃色のかすみのように桜の花が広がる。
そんな時にふっと思った。やっぱり運転手さんの言っていることは本当かも知れない。
桜の花はとてもはかない。その美しい満開のさまを楽しめるのはほんのわずか2、3日のことだ。一度風雨が来れば満開の桜の花はそれがまるで幻であったかのごとくに消え去ってしまう。そんな儚さ、うたかたの夢を見ているような美しさを人は知らず知らずのうちに人生と重ね合わせてしまう。そして自らの一生が儚いものであることを一時でも忘れるために、いにしえのむかしより人は桜の花のもとで宴を催してきたのだろう。
今宵はいにしえびとにならって花を愛で酒を呑み、世の憂さを晴らすとするか。