19970531 of Yasushi's Life


奥島ゼミ (May 31, 1997)

早稲田のリーガロイヤルで行われた大学時代のゼミの卒業生の集まりに出席した。

My profileにも書いてあるが、早稲田大学法学部時代に所属していたゼミは現在早稲田大学総長の奥島孝康教授のゼミだ。一応これでも手形小切手法とか勉強していたのである。2年ほど前に第1回のゼミOB総会が行われたが、それには参加できなかったので今回が私にとっては初参加となる。

私と同じ部署で働いている後輩が奥島ゼミの卒業生なので一緒にでかけた。

地下鉄東西線の早稲田の駅を降り、懐しい早稲田の杜へと向かう。12年という時間の経過で多少様子は変わっているが、それでも昔の街のにおいはそのままだ。なぜか少しほっとする。大隈通り商店街のボンマルシェ、白孔雀、ぶんなどは学生時代から変わっていない。

卒業から12年、ほとんどゼミの同期の連中とは会っていない。正直なところ会って思いだせるかどうかとても不安だな、なんて話しをリーガロイヤルのとてつもなくバブリーで豪華なロビーにて後輩としていた。

すると、そんな不安を吹き飛ばすように懐しい顔が何人も現われる。案ずるより産むが易し。お互いもう30前半となっているが、一瞬にして大学時代に戻ってしまう。司法試験に合格して弁護士になった奴、司法修習生になった奴、サラリーマンをしている奴、都議会議員になっている奴。みんな元気そうだ。同期以外でもなぜだか知り合いが何人もいる「え!奥島ゼミのご卒業だったのですか?」などと世の中の狭さにびっくりだ。

見回してみるとあちこちで色々な年代の人達が「おお、久しぶり」「元気だったかぁ」とreunionを繰り広げている。きっとみんな同じ気持でいるに違いない。

予定より若干遅れて奥島先生が登場する。あいかわらず気力に満ち溢れて、元気そうだ。ゼミ合宿で徹夜でディスカッションをし、碓氷峠を自転車で登り、学生を引き連れて天城越えをするパワーはいまだ健在だ。テカテカした頭と、温かい笑顔、人をひきつけるダイナミックな魅力は何一つ変わっていない。

先生が総長として取り組まれている大学改革のスピーチをひとしきり聞く。高等教育のグレードアップ、言い換えれば世界的スタンダードへのキャッチアップが日本の大学に今必要だということはアメリカの大学院に留学した私としては全く同意見である。

その後、先生は卒業生達の輪の中に飛び込んできた。握手、握手、握手の嵐。抱きついている奴もいる。若い年次の卒業の女性に囲まれて写真をとってにこにこしている先生は学生時代のゼミ終了後のコンパのままだ。同期の一人が「俺達おっさんになったけど、先生全然変わってないよなぁ」とぽつりと呟く。もう一人の誰かが「先生が昔からおっさんだっただけかもしらんぞ」と茶々を入れてくる。「サークルみたいなゼミだよな、奥島ゼミって。」また別の誰かが言う。

「今は総長として大学の改革に忙しいから、手紙や年賀状をもらってもスタッフ総動員で宛名書きをして形式的な返事しかできないが、時間ができるようになったら思いのたけを昔のように諸君と語り合いたい。それから、毎年ゼミ卒業生で集まろう、時間と日時だけ決めて集まれる者だけが集まってわいわい語るのもいいじゃないか。」という趣旨の先生の挨拶で宴は幕を閉じた。

30年近いゼミの歴史で、既に1,000人以上の卒業生がいる。そしてそのほとんどの顔を覚えている奥島先生、人と人との対話が教育の原点であると信じ、それを実践し続けている先生はゼミ卒業生にとって圧倒的な存在である。

その理念を以て早稲田大学を国際的なスタンダードで語ることができる大学する改革を成功させてもらいたいと願う。

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