オン ハッピネス (September 16, 1997)
田中康夫の「オン ハッピネス」を読んだ。
彼の久しぶりの長編ではないだろうか。「なんとなくクリスタル」でデビューし「ブリリアントな午後」でカタログ小説というジャンルを確立した氏だが、以降短編はたくさん書いていたのだが、長編にお目にかかった事はなかった。高校生の頃付き合っていた女性とこの2冊をまわし読みした記憶があるので、15、6年近い時間が経っているのだろうか。
私は田中康夫氏が大好きである。別に体型が似ているとかそんな理由ではない。世間ではあまり良くとられていないようであるが、自分の金で航空会社客室乗務員と遊び、自分の感覚を信じ衣食を楽しみ、皮膚感覚に基づく意見を主張しつづけてきている氏のやり方に好意を持つのである。もちろん、単に遊び散らしているのでなく、クリスチャンであった祖母に影響を受けたethicを精神的な柱として持っている様があってのことであるが。
多くの人は彼の事をブランドにかぶれた物質主義者であると感じているだろう。しかし、彼がブランドものをあれだけ取り上げたのは極めて逆説的な理由からである。彼が伝えたい事は、それがどれほど立派なブランド、歴史、のれんといった既存のエスタブリッシュメントに代表されるものであっても、自らの皮膚感覚が好ましいと判断しなければ、なんの意味も持たないということだ。言うならば彼はブランドの否定者である。
そういった自分の皮膚感覚を常に研ぎ澄ましているが故に、ディーテールに潜む人の気持ち、特に女性の気持ちの揺れ動きを描かせると氏の筆は冴え渡る。「オンハッピネス」でも2人の女性主人公の心のさまが、とても微妙なディーテールを綾に織り出されている。氏の10数年に及ぶ放蕩の成果が600円程度の値段で楽しめるのならば安い買い物である。
「僕等の時代」「僕等の時代2」「神戸震災日記」「いまどきまっとうな店」あたりを読まれると、氏のイメージが大きく変わる事と思うので、ついでにお勧めしておこう。