異端
March 30, 1998
今日発売の日経ビジネスの冒頭にある「トレンド・規制下に消えた骨太の個性 時代を見通す者は誰か (吉野 源太郎)」という記事に思わず共感するものがあった。その部分を引用してみたい。
小菅氏(注記:伊勢丹新宿店を79年に大改装し成功を収めた当時の伊勢丹社長)の言葉の本質は自らをアウトサイダー、異端と認めた点にある。日本の風土は異端を嫌うが、時代の大きな流れは異端者にしか見えない。・・・(中略)今また混迷の時代が始まった。こういう時代だからこそ、日本は新たな異端者に未来を託すほかはない。混迷は異端を締め出した報いでもあるからだ。(日経ビジネス98年3月30日号18ページ)
パラダイムシフトは既存の社会の枠組みをひっくり返すことである。昨日まで当たり前だったことが当たり前でなくなることで人間は進歩してきた。たとえば「地球はそれでも回っている」とつぶやいたガリレオは異端の徒として一生幽閉された。空を飛ぶ装置を作ることに挑戦したライト兄弟は狂人扱いされた。しかし時代はうつり、彼らが正しかったことは歴史が証明している。
人間の進歩はリニアにやってこない。非線型的なものなのである。大きな変化を先取りする者は常に異端扱いされる。しかし、それを押え込むことは進歩の目を摘み取ることだろう。
ビジネスの世界では、日本にとっての異端である外資が今まさに日本を席巻している。歴史をひもといても「変革は海からやってくる」と言った言葉もあるように、日本は常に外からの力によって変ってきた。しかしこれはあまりにも寂しい。自らの社会をその構成員が変革できない社会に未来はあるのだろうか?
人と異なることを価値として評価できる社会。異端者を異端者として認め、その存在を許す深い懐を持つ社会が一日も早く来てほしいと願わずにはいられない。