長銀
June 10, 1999
ついに長銀の元頭取、副頭取が証券取引法違反で逮捕された。非常に複雑な思いである。
自己査定の結果をごまかして巨額損失を隠し、違法に71億円の配当を行ったというのが容疑の中核部分である。大蔵省のマニュアルに無い方法で自己査定を行っていた、とマスコミは報道し、それがあたかも大犯罪であるかのごとくに語られているが、果たしてそう言いきれるものであろうか?不良債権を飛ばし会社に移転し、その損失を隠していたとも書かれているが、果たしてこれも悪いことなのか?大蔵省のマニュアルはそれほど権威のあるものなのか?
長銀本体が飛ばし会社の損失を支援するから破綻は起きず、したがってそれは不良債権ではないと判断したことは、長銀が破綻した後に振り返ってみれば経営の判断ミスであったとしか言えないが、それが犯罪として扱われるべき事なのだろうか?もし、長銀のみがこういった事をしていたのであれば、それは厳しくさばかれることであろう。しかし、他の金融機関が多かれ少なかれ同じようなことを行っていた中で、なぜ長銀の経営者のみが裁かれるのであろうか?
整理回収機構が担保物件を高い簿価で自己競落し、債権回収額に計上した上で、保有不動産として抱え込んでいることは、長銀が行っていた「飛ばし」とどこが異なるというのか?整理回収機構が最終的に破綻した時には自己競落を指示した中坊氏は「飛ばし」を行ったとして社会的に非難されるのであろうか?
もし、長銀の旧経営陣逮捕が公的資金を投入し、その上で破綻が起きた政治的な責任を取らせるというためであるならば、まさにこれは人民裁判とも言うべき極めて恣意的なことであろう。ニュースキャスターが「他の金融機関に対する見せしめ的な要素が強いのでしょうね」としたり顔で述べている。いつから日本の司法は見せしめを許すような恣意的なものに成り下がったのか。そしてそれを批判することすらしないニュースキャスターの低俗さは唾棄すべきものである。
不良債権問題を作り出した借り手の中には未だのうのうと高級車を乗り回し、銀座あたりで夜な夜な遊んでいる者もいる。ダミー会社で生き残りを図るものもいるし、担保物件からの賃料収入を違法なテナント飛ばしで別会社の懐に取り込んでいる連中も掃いて捨てるほどいる。こういった輩を徹底的に糾弾し、根こそぎの回収を図ることが行われること無しに、金融機関のトップが逮捕されるという事実を私はどうしても理解することができない。いつから日本はこんな不条理で不公正な世の中になってしまったのだろうか。
不良債権回収に費やした私の8年間が根こそぎ否定されてしまったかのごとくに感じた出来事である。