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線路


電車は線路の上しか走れない。すぐ隣りにすばらしい景色の場所があったとしても、線路が通っていなければ電車ではそこには行けない。

良い学校に入学し、良い成績で卒業し、良い会社に入社し、偉くなる、といった線路が日本社会の中に存在してきたし、今も存在している。あるいは、既存の線路の上に乗って疾走することが社会的に正しいことであると認識されていると捉えることもできるだろう。

しかし、その線路の行き先が正しい方向を向いているかどうかは誰にもわからないし、ずっと先まで線路がひかれている保証もない。そして、線路の上を走る速度が速ければ速いほど、何かがうまく行かなくなった時の衝撃は大きくなる。

確かに線路の上を走るのは楽である。誰かがひいてくれた線路上では、自分で自分の進む方向を考える必要はないからだ。

日本が戦後高成長を遂げてきた源泉は、戦争直後の混乱の中で、それまでのエスタブリッシュメントが否定され、若い世代が自由に線路をひくことができたからだと思っている。しかし、戦後50年以上が経った今、線路の向かっている方向が正しいのかを見直す機会が到来しているのではないか。

アメリカが90年代初頭の経済危機を乗り越えることができたのも、列車から飛び降りた人達(投げ捨てられた人達もいる)が新しいビジネスを開拓し、産業を興し、雇用を創出したからであるといわれている。

日本でも、自分で考える力を持つ人達は、線路の進む方向あるいは線路の上を走ることに疑念を呈し、列車を飛び降り、自らの足で新しい線路をひくことを選択しはじめている。こういった力が結集しなければ、現下の経済危機からの再生は困難であろう。マスコミが叫ぶような「第2の敗戦」であっても良いではないか。それによって新しい活力が生まれ、正しい方向へと進むことができるのであれば。

困難な時期であるからこそ、自分の行く道は自分で切り開く気概を持つべきなのだろう。